グアム概況

2021/1/28
グアム概況

 

 
1 概要
  • グアム島は、マリアナ諸島最南端の位置に浮かぶ面積約549㎢(東京23区をひとまわり小さくしたサイズ)の島。日本からは南南東に約2,500km、飛行機で約3時間30分の距離にある。グアムには合計19の村(village)があり、行政機関等が集まる中心部の主都は、ハガッニャ村(Hagatna)である。なお、グアム島の北には、サイパン島が属する北マリアナ諸島(Northern Mariana Islands)がある。
  • 2010年国勢調査によれば、グアム島の人口は約16万人で、マリアナ諸島にある15の島のうち最も人口が多い。このうち、先住民のチャモロ人が全体の約42%、フィリピン人が約27%、米本土出身のアメリカ人(主に米軍人)が約11%を占め、そのほかミクロネシア人、パラオ人、韓国人、中国人、日本人などが居住している。
  • 公用語は英語及びチャモロ語CHamoru。チャモロ語は、主にグアム島及び北マリアナ諸島で話される現地語である。若い世代では話者が減少傾向にあるとされるが、「こんにちは」を意味する「Hafa Adai(ハファ・デイ)」など、簡単な挨拶表現については現在でも広く日常的に使用されているほか、特に年配の世代では流暢に話す者が多い。

2 歴史
  • 1521年、ポルトガル人探検家フェルディナンド・マゼランがスペイン王の支援で世界一周航海中にグアム島に上陸したとされ、1565年にスペインがグアム島の領有権を正式に宣言した。1668年にはイエズス会の宣教師サンビトレス神父によりキリスト教の布教活動が開始され、スペインによる本格的な支配が始まった。
  • その後、しばらくはスペインによる統治が続いたが、米西戦争最中の1898年6月、米海軍艦艇チャールストン号がグアムに上陸し、スペインを降伏させた。米西戦争が終結した翌年1899年2月、米連邦議会によるパリ条約の批准を経て、グアム島は正式に米領土となり、米国(米海軍)による統治が始まった。
  • 1941年12月8日、旧日本軍はグアム島に砲撃を開始し、同月10日グアム島に上陸し、占領を開始した。その後、1944年7月21月に米軍がグアム奪還のため上陸するまで旧日本軍の占領下に置かれた。なお、米軍が上陸した7月21日は、「解放記念日(Liberation Day)」として、グアムの祝祭日となっている。
  • 1944年8月10日、旧日本軍による組織的な戦闘が終結し、グアムは再び米国による統治下に置かれることとなった。1950年には米連邦議会によりグアム基本法(Organic Act of Guam)が制定され、グアムは米国内務省が管轄する自治的未編入地域(organized, unincorporated territory)となった。グアム基本法の制定により、1950年にグアムに居住していた者及びその子孫等には米国市民権が与えられている。

3 政治
  • グアムは米国の自治的未編入地域であり、州ではないことから、便宜的に「グアム準州」と呼称される場合がある。自治的未編入地域であるグアムは米本土の州と異なり、合衆国憲法の一部のみが適用され、独自憲法も持たないが、自治は認められている。サイパン島が属する北マリアナ諸島も自治的未編入地域であるが、コモンウェルス(Commonwealth)と呼ばれる特殊な形態であり、独自憲法を有している。なお、グアムも北マリアナ諸島も、大統領の選挙権は持たない(選挙人の割り当てがない)。
  • グアム政府(Government of Guam)は民選の知事・副知事(1任期4年・最長2期まで)の下に運営されている。現職は、2019年1月に就任し現在1期目のルー・レオン・ゲレーロ知事(Governor Lou Leon Guerrero)及びジョシュア・テノリオ副知事(Lieutenant Governor Joshua Tenorio)。
  • グアム議会(Guam Legislature)は定数15名(1任期2年)の一院制であり、2021年1月から第36回グアム議会が開会している。議長は、テレサ・テラヒ議員(Speaker Therese Terlaje
  • 米連邦議会に対しては、delegateと呼ばれる議決権が制限された代議員1名を下院に選出している(1任期2年)。現職は、2021年1月に就任し現在2期目のマイケル・サン・ニコラス代議員Congressman Michael San Nicolas

4 経済
  • グアムの主要産業の1つは観光業である。グアム政府観光局(Guam Visitors Bureau)によれば、観光業は、グアムGDPの約12.1%(約700百万ドル)を創出しているほか、観光業による税収はグアム政府全体の税収(約12億ドル)の約21.7%(約260百万ドル)を占めている。また、観光業は、約21,000もの雇用(グアム全体の雇用の約34%)も生み出している(以上は全て2016年の値)。
  • 2019年は、過去最高の約166.6万人の観光客がグアムを訪れ、このうち、概ね40%の約68.4万人が日本人観光客であった。近年は韓国人観光客の増加も著しく、日本人観光客と韓国人観光客で観光客数全体の約8割を占めている。観光客による消費がグアム経済に大きく貢献している。
  • 他方、2020年については、新型コロナウイルスの影響により観光業が極めて大きな打撃を受けた。グアムにおいて新型コロナウイルスが発生した3月中旬から来島者が徐々に減り始め、2020年の最終的な来島者数は約32.8万人であった。
  • もう1つの主要産業である米軍関連事業については、在沖米海兵隊のグアム移転事業(グアムではbuildupと呼ばれる)に伴う建設工事を始め、面積にして島内の約1/3を占めるとされる米軍施設内での継続的な軍事建設需要があるほか、グアムに在住する約22,000名の米軍関係者による消費も大きいとされている。

5 軍事
  • グアムには、アンダーセン空軍基地(Andersen Air Force Base)及びグアム海軍基地(Naval Base Guam)を中心に、米軍関係者が約22,000名駐留しており、米軍の戦略的拠点としての役割を果たしている。
  • 2014年5月に日米両政府間で発効した改正グアム協定に基づき、在沖米海兵隊の要員約4,000名とその家族が2020年代の前半にグアムに移転を開始することから、グアム島内では建設工事が進められている。このグアム移転事業に必要な全体経費のうち、日本国政府は約31億ドルを上限に費用負担をしている。
  • また、グアムでは、日米間及び多国間での共同訓練が頻繁に実施されており、2015年から2020年までの過去6年間で約20,000名の自衛隊員がグアムに来島した。

6 在留邦人・日系企業
  • 2021年1月現在のグアム在留邦人数(在留届登録数)は3,178名。子女の教育機関として、1972年に補習授業校、1989年に日本人学校が開校している。また、グアム日本人会(Japan Club of Guam)が1972年に、2013年には、グアム日系人協会(Guam Nikkei Association)設立された。
  • グアムでは、1970年代から観光業が盛んになり、それに伴って多くの日系企業が進出した。その中心はホテルや旅行代理店等であるが、そのほかにも通信業、保険業、建設業等、現在では100社を超える多種多様な日系企業が活動している。

7 文化・教育
  • グアムは千葉県柏市、岡山県岡山市、佐賀県唐津市等と友好都市関係にあるほか、グアム大学琉球大学、龍谷大学、芝浦工業大学、名桜大学、岡山大学等と提携関係にあり、友好都市交流や青少年交流、学術交流等が活発に行われている
  • また、グアム日本人会が主催する「秋祭り」は、毎年約4万人が訪れるグアム最大のイベントとして認知されており、グアム地域社会の調和に大きく寄与しているほか、日本文化紹介の重要な機会となっている。